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朝日カルチャーセンター立川教室「『遠野物語』の魅力を探るー魂の行方、生と死の世界から」の講義が終わりました。

2月 25th, 2018 by oda

朝日カルチャーセンター立川教室で『遠野物語』についてお話してきました。

今回は、99話、97話、22話の三つの話を、柳田の少年時代の体験

や、平田篤胤の影響を受けた父松岡約斎と歌の師松浦萩坪の二人の

教えとの関連で読んでみました。

話したいことが多くありすぎ、早口になってしまったことが反省

です。

テキストとして使った柳田自筆の毛筆稿本と、私が数十年かけて増補、

改訂を続けて作成した「『遠野物語』登場人物等相関図」が好評

だったようです。

次回からは二つくらいの話にしぼって、じっくりと読み深めようと

思っています。

その次回は、5月に地名研究者大会があるため6月22日(金)としばらく

間があきます。

詳しくは、朝日カルチャーセンター立川教室の講座案内、ホームページをごらんください。

みなさんのおいでをお待ちしています。

 

 

 

庄司和晃先生の膨大な手書き資料は成城大学教育研究所に保管されます。

2月 16th, 2018 by oda

2月10日、全面教育学研究会の10人のメンバーと、庄司資料を

ご自宅から成城大学教育研究所へ搬出しました。

まだまだあるので、このあとも何度かの運び出し作業が

ありますが、運び終わったら、研究所のご配慮でお借りした部屋で、

目録づくりに入ります。

目録ができ整理が終わってからになりますが、教育研究所に行けば、

庄司資料に対面できるようになります。

二年くらいかかるかもしれませんが、ご期待ください。

仮説実験授業や柳田社会科、コトワザ教育の実践記録はもとより

「柳田国男と教育」「認識論」「三段階連関理論」「人の一生教育論」

「宗教教育」などの庄司全面教育学の何本もの柱ごとの手書き資料の量

に圧倒されます。

八千冊はあると思われる蔵書は、研究所にははいりませんが、資料

と同じように目録にする予定です。

そのあと、久しぶりにあった会員で、今後の全面教育学研究会の持ち方

を話し合いました。

近いうちに、この場でもよびかけができるかと思います。

これもご期待ください。

 

 

 

 

第37回 全国地名研究者大会は出雲です。多くの方の参加を!

1月 17th, 2018 by oda

今年の全国地名研究者大会は、初めての東京(武蔵野)大会で盛会のうちに終わりました。

大会の閉会の挨拶で宣言した通り、来年の第37回大会は、出雲大会です。

現地の方達のご努力で、すでにチラシも出来あがり、募集が始まっています。

私は個人的に「隠岐の島オプションツアー」も考えています。

昭和8年5月に柳田が訪れたコースを歩いてみたいと思っています。

同じ5月の季節でちょうどです。

隠岐の島までは無理としても、大会には多くの方の参加を期待しております。

『地名と風土』第12号の特集の執筆陣も多彩です。

ご期待ください。

 

 

柳田国男ゆかりの登戸ー榎戸を歩いてきました。

12月 16th, 2017 by oda
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受講生の有志の方々と柳田国男の墓前にて。

川崎市民アカデミーの講座「柳田国男と川崎」のフィールドワークとして、

登戸周辺を歩きました。

私の成果は、丸山教とのかかわりを実感できたことでした。

第三世教主伊藤葦天との関係、弟の睦男もアルスに勤めていたというから、柳田の本の担当

であった可能性が高いです。

柳田の講演の前に、橋浦泰雄の還暦のお祝いがここで行われたことも注目です。

近いうちに、再調査に伺うことをお約束してあとにしました。

柳田の「榎戸懐古」に触れながら榎戸界隈を歩いて、向ケ丘遊園で解散。

その後、希望者で春秋苑の柳田国男の墓地にお参りに行きました。

柳田自身が魂の居場所として、成城方面を見下ろす「ささやかな丘」として

この霊園を決めたという話は有名ですが、今回、その契約の日もわかりました。

これも、大きな成果です。

いずれ年譜で発表いたします。

 

 

「柳田国男と川崎」の講演終わりました。

12月 6th, 2017 by oda
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講座のまとめの場面

かわさき市民アカデミーの連続講座で、柳田と川崎の因縁をお話してきました。

「水曜手帖」の遠足、丸山教三世教主伊藤葦天とのこと、「榎戸懐古」の柳田の主張、柳田社会科の実験場は成城学園だけでなく、川崎にもあったことなどをお話しました。

『先祖の話』から「魂の行方」、「世々の父母」での柳田の主張が、具体的に生田春秋苑の墓所にあることも

「柳田と川崎」を語る上では欠くことができません。

次回は、登戸から榎戸を歩き、柳田のお墓にもお参りしてこようかと思っています。

終了後、質問に来たY君へ。

短い時間でしたが、貴方のセンスは素晴らしいものがあると感じました。

「後藤総一郎はすごい人、常民大学の本も読んでいます。」から始まって

「柳田を継承していたのは亡くなった鶴見俊輔、現代の最高の物書きは芹沢俊介。」

(おなじシュンスケさんでしたね)

の言葉にはびっくりしました。

若いのになかなかの洞察力です。

芹沢さんとは、全面教育学研究会でお呼びして以来、『柳田国男全集』の月報に

書いていただいたりした仲でしたのでうれしかったです。

できたら、講義を聴いてから質問に来て下さいね。

いつかじっくりとお話しましょう。

これを見ていたら、コメントしてみてください。

公開しないで返信させてもらいますから・・・