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シリーズⅠ/柳田国男を尋ねる⑧ 柳田国男の定宿 国府津館を訪ねて・・・

6月14・15日と、柳田国男がよく利用していた小田原国府津駅前の旅館、国府津館に行って来ました。

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15年ほど前、『柳田国男全集』の編集委員会が立ち上がった時に、最初の宿泊の編集会議として泊まり、その時に写真に収めたはずの柳田の歌や、記念の署名が不明となり再度の撮影が主な目的でした。

常民大学の代表者会でも、故後藤総一郎先生たちと大勢で泊まり、ご主人の簑島清夫さんから貴重なお話を伺ったことがありました。

ぜひもう一度、みんなでと常民大学の運営委員会で盛り上がり、実施となったのですが、時期的にも学校等の忙しい時でもあり、鎌倉の久保田さん、立川の米田さんの三人で伺いました。

残念ながらご自宅が火災に遭われたということで、宿帳その他が焼失されたようですが、私が知りたかったことなど、新しい発見があってよかったです。

「柳田国男と国府津館」(従来の年譜で明らかになっている宿泊日・小田が作成して参考資料として国府津館さんにお渡ししました)

昭和27年12月4~7日 12月11~24日

昭和28年1月9~2月2日   写真が発表されている(岸哲男、井之口章次)

                    酒井卯作が前日から泊まり帰宅のお供

      6月24~25日    森直太郎のインタビュー  「旧派歌がたり」

     12月8~15日    13日 小田原の長谷川如是閑を訪れる

     29日~昭和29年2月11日

                   1月5日 鈴木茂三郎と同宿となる

                   1月25・26日 『日本人』(毎日新聞社刊)の座談会と編集会議

昭和29年12月9~昭和30年2月13日

                   国立国語研究所の林大、中里重吉 来訪

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柳田国男が泊まった部屋。私たちも泊まらせていただきました。

           

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三々会(東京帝国大学法律学科明治33年卒業生の同窓会)第53回目というのがわかる。松本烝治と柳田は夫婦で参加。この昭和28年4月14日の三々会は、従来の年譜には記載されていなかったものです。柳田国男、孝。松本烝治、千。夫婦の他に、今村幸男、中田薫、神戸正雄の名が見えます。歳をとってきて、参加者も少なくなったのでしょう。今回の宿泊で、この国府津館が、松本らの憲法素案をつくるための勉強会に使われていたとの話をお聞きしました。すでにNHKでの特集で取り上げられたそうで勉強不足でした。この他、柳田からの葉書が二枚あり、実物は火事で燃えてしまったそうですが、コピーをいただきました。それによると、上記以外にもまだまだ立ち寄っていることがわかります。ご主人の簑島清夫さんは、96歳でお元気で、柳田と大磯の神社の祭に行ったことなどもお聞きしたかったのですが、それは息子さんたち(現社長さんたち)にお任せし、何かまたわかったら連絡くださいとお願いし美味しいお料理をいただきました。次の日は、茅ヶ崎にあった柳田の別荘あとを見るために茅ヶ崎で下車。久保田さんが十年ほど前に来た時は、当時の面影が残っていたそうですが、現在は、マンションが建ってしまっていて残念でした。それでも、近くには、松林に囲まれた古いお屋敷もあり、新しいサザンの街との調和が楽しめました。柳田の書簡も市役所で保管しているとのことで、次は平日に来ようと約束し二日間の「調査?」を終えました。皆さまも、箱根や小田原にいらした時は、ぜひ国府津館に立ち寄り、相模湾の美味しいお魚料理をお楽しみください。宿泊はあまりとっていないとのことなので、ランチやディナーでもいいでしょう。電話は0465-47-2155です。在りし日の国府津館。柳田以外にも多くの政治家、軍人、作家たちが訪れました。

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