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7月1日からのアメリカの高校生との『遠野物語』を縁とした交流、無事終了しました。

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早池峰神楽の舞を習う

img008テキサス州ヒューストンのウッドランド高校の高校生たちが、日本に滞在。千葉の稲毛高校に通った後、

京都、広島を訪れ、最後に遠野に来ました。

遠野での最大の目的は、『遠野物語』の舞台を見ることと、交流会で、『遠野物語』のストーリテーリングを市民の方々に披露することでした。

遠野に到着した第一声が、「きれい」でした。

ヒロシマでさまざまなことを感じ、一日かけての移動の疲れもあって、緑豊かな風景に疲れもふきとんだようです。

一日目の夜は、私が、『遠野物語』の発表会に向けてのアドバイスをしましたが、「一番好きな話はなんですか」の質問にはびっくりしました。

二日目は、博物館と市内を見学。

夜は、遠野中学の三年生との交流会。

クイズ大会で盛り上がりました。

司会をした私の最初の言葉で、「これから国際交流大会わ開きます」と大げさに言ったのですが、

終わってみればまさに国際交流の具体のような会で、ちょっとウルッときました。

アメリカの高校生もさりながら、遠野中学の三年生もなかなかでした。

高校生がソーラン節をやるとなった時に手をあげて一緒に踊ってくれたり、突然の指名にもかかわらず、

空手の型を披露してくれたり、たいしたものでした。

三日目の夜が、メインの「アメリカの高校生と日本語と英語で楽しむ『遠野物語』の夕べ」本番です。

アメリカの高校生20人と日本の大学生が、『遠野物語』のなかで自分が気に入った話を日本語と英語でストーリテーリングしました。

終わりに、私はこの感動を次のように述べました。

「この会は、思った以上に大きな意味をもつ。柳田の『遠野物語』があったからこそだけれど、モースさんの英訳と、私も協力させてもらった佐藤誠輔先生の口語訳の二つの翻訳がなければ実現しなかったことで、この実現まで二十年以上かかっている。文化の伝承とはこういうものなのだと改めて思う」と。

また、交流のために参加した日本の学生のうち、私の教え子二人は、小学生の時に遠野に連れてきた子であり、これも、国内交流の新たな出来事であるとも述べさせてもらった。

法政大学の意欲的な学生さんたちにも明るい未来を感じました。

中学生や「語り部の会」の方たち、かっぱおじさんら集まっていただいた四十人近い遠野市民の方たちに感謝したいと思います。

佐藤誠輔先生にも来てもらいたかったのですが、奥様の介護もあり残念ながらおいでいただけませんでした。

今年の反省を生かし、来年もさらに充実した交流ができるように、今後もできるかぎりのことをしたいと思います。

また、二十人以上の高校生をおひとりで引率(卒業生がリーダーにはなっていましたが)していらした、ウッドランド高校のリード真澄先生のバイタリティーには脱帽でした。

来年もお待ちしています。

私は、このあと、『柳田国男全集』の取材で、筑摩の編集者の方と合流し遠野に残りました。

その報告は、次の機会に。

 

 

 

 

 

 

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