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朝日カルチャーセンター立川教室の「遠野物語の魅力を探る」第五回目の講座が終了しました。次は1月17日です。

12月 9th, 2018 by oda

しばらく更新できませんでしたが、この間、調布市西部公民館、国分寺市光公民館(3回)などの講座を

もちました。

また、朝日カルチャー立川教室の講座も第5回目「熊、狼、小鳥と里人との交渉の話から」も11月29日に

終えました。

鳥の声の「聴き做し(聴き成し)」についてを重点的にお話し、肝心の狼の話が半分ほどしかできなか

ったのが反省点です。

次回は、1月17日で時間も夕方にしてもらいました。

お時間ある方は、ぜひ。

国分寺で、市民の勉強会を立ち上げる話も出ています。

テーマを柳田国男にするのか、地名にするのか、両方にするのかは今後の話し合いとなりますが、関心

ある方はこちらもぜひ。(コメントお待ちしています。)

小字調査は急務です。

シリーズ Ⅱ 柳田国男に学ぶ ⑥ 続 出雲神魂神社の「カモス」について

9月 2nd, 2018 by oda

出雲の神魂神社を「カモス」と呼ぶことについての柳田の指摘を紹介しましたが、その続編です。

昭和27年の初め、神魂神社の社殿が国宝に決定される前後のことです。

大森義憲の沖縄調査によってわかったと述べていることを受けて、調べてみました。

大森の沖縄調査は昭和9年で、その時の採集ノートや日記を柳田の求めに応じて提出したのが昭和26年のこ

ととされています。

柳田が新発見と言いますが、「カムス」と「神魂(カモス)」を結びつけたことが発見であったわけです。

成城大学民俗学研究所の『諸国叢書』第13輯の「大森資料 先島採集」から引用します。

「カムズ

一週間昼夜こもる。こもり御願と言ってゐる。一年に二回やってゐる。乗瀬御嶽 家から御馳走を持って行

く。女に限る。円を描いて中にウフツカサが居り踊る。草のカムズバキの草(から味のある草)を頭にかぶり踊

る。

こもり御願がすんで御嶽を巡る時 ウルウルと言って先ばらいが警戒してその後から神人が来る。狩俣には高

天原といふ地名の處があるといふ。スドウクンのカム(立ちふさがってゐたものがのくといふ神) 断食が原則

この神に見つかったら死ぬ(略)

カムズオリとカムズアガリ

七日こもるとカムズオリ(神子降り)があり天候が悪くなってくる。又七日行ってこもるとカムズアガリとな

る。(略)」

このノート欄外上部にある柳田の朱の書き込みに

「出雲デ「カモス」の社 神魂トカク」とあり、「△」符号がつけられている。

 

朝日カルチャーセンター立川教室の『遠野物語』講座4回目にいらしてください。

8月 14th, 2018 by oda

9月13日(木)10:30から12:00まで、朝日カルチャー立川で『遠野物語』の魅力を探るの3回目、オープニングを

入れて4回目の講座をもちます。

今回は、「神隠し」と「マヨイガ」の話を中心に、語りの世界の原点に迫りたいと考えています。

詳しくは立川教室のホームページをごらんください。

 

庄司和晃先生自作の名言集をごらんください。

8月 12th, 2018 by oda

成城大学の空き教室で整理している庄司和晃先生資料のなかから、「香句集」と名づけられた

名言集を紹介します。

それも、庄司先生自作のものです。

時期は、1985年から87年のころのもの。

全面教育学研究会が始まって3、4年の盛り上がっているころのものです。

私が抄出したものを全面教育学研究会ホームページに投稿しました。

ごらんになりたいかたは、リンク先の「全面教育学研究会」から入って読んでみてください。

 

 

 

 

 

シリーズ Ⅱ 柳田国男に学ぶ ⑤ 出雲神魂神社の「カモス」について

8月 1st, 2018 by oda

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地名研究者出雲大会の2日目、エクスカーションCコース

で訪れた神魂神社。

事前の予定コースには無く、当日、希望者のみの参拝と

なったため、学習が足らず日本最古の大社造りの神殿と知

らず、訪れてびっくりしました。

帰ってきてから、調べてみてまたびっくりでした。

 

国宝に指定されるほんの少し前の昭和27年1月、柳田国男は、日本民俗学研究所の第69回研究会で、神魂神社

の呼び名について次のように話していることを知ったのです。

『民間伝承』第16巻第4号に載った研究会報告で、『柳田国男全集』第32巻に載っていました。

以下、柳田見解を紹介します。

「出雲に神魂と書いてカモスとよむ社がある。それに関連して、新資料が見つかつた。宮古島の伊良部島にカ

モスという祭がある。大森義憲氏の採集記に同島に乗瀬オタケの由来記があり、旧家に老夫婦と娘とがいて娘

が行方不明となり、数ケ月たつて帰つてきてオタケの神になると告げた。その祭をカマズとむいつて今も行つ

ているというのであれからる。難船して衣料を食つた者が、このオタケを祭つたところ西風が吹いて安着し

た。それからカマスクダリという祭が行われ、山にこもつて祭ると雨がふる。カマスアガリといつてその山ゴ

モリが終わると晴れて西風がふく。一年に二度この祭がある。これを神子(カマス)と書く。特に神の魂をよぶ

ことをカマスという場合があつたのではないか。古い日本語のうちにそのような使い方があつたかどうか調べ

てみたい。伊良部のサマハラは宝貝の産地で有名な処である。そこは航路としても重要な土地であるから中国

の風神媽祖の話と連絡はないだろうか。神オロシの一つかと思う。」

大森義憲は、山梨忍野村出身の民俗学者。

柳田との年齢は随分離れているものの、郵便局長をしながら柳田、折口と連句をまくなど民俗調査以外の逸話

も多い。

この後、成城大学民俗学研究所の『諸国叢書』の大森の報告を読んでみることにします。