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シリーズ Ⅱ 柳田国男に学ぶ ⑥ 続 出雲神魂神社の「カモス」について

9月 2nd, 2018 by oda

出雲の神魂神社を「カモス」と呼ぶことについての柳田の指摘を紹介しましたが、その続編です。

昭和27年の初め、神魂神社の社殿が国宝に決定される前後のことです。

大森義憲の沖縄調査によってわかったと述べていることを受けて、調べてみました。

大森の沖縄調査は昭和9年で、その時の採集ノートや日記を柳田の求めに応じて提出したのが昭和26年のこ

ととされています。

柳田が新発見と言いますが、「カムス」と「神魂(カモス)」を結びつけたことが発見であったわけです。

成城大学民俗学研究所の『諸国叢書』第13輯の「大森資料 先島採集」から引用します。

「カムズ

一週間昼夜こもる。こもり御願と言ってゐる。一年に二回やってゐる。乗瀬御嶽 家から御馳走を持って行

く。女に限る。円を描いて中にウフツカサが居り踊る。草のカムズバキの草(から味のある草)を頭にかぶり踊

る。

こもり御願がすんで御嶽を巡る時 ウルウルと言って先ばらいが警戒してその後から神人が来る。狩俣には高

天原といふ地名の處があるといふ。スドウクンのカム(立ちふさがってゐたものがのくといふ神) 断食が原則

この神に見つかったら死ぬ(略)

カムズオリとカムズアガリ

七日こもるとカムズオリ(神子降り)があり天候が悪くなってくる。又七日行ってこもるとカムズアガリとな

る。(略)」

このノート欄外上部にある柳田の朱の書き込みに

「出雲デ「カモス」の社 神魂トカク」とあり、「△」符号がつけられている。

 

朝日カルチャーセンター立川教室の『遠野物語』講座4回目にいらしてください。

8月 14th, 2018 by oda

9月13日(木)10:30から12:00まで、朝日カルチャー立川で『遠野物語』の魅力を探るの3回目、オープニングを

入れて4回目の講座をもちます。

今回は、「神隠し」と「マヨイガ」の話を中心に、語りの世界の原点に迫りたいと考えています。

詳しくは立川教室のホームページをごらんください。

 

庄司和晃先生自作の名言集をごらんください。

8月 12th, 2018 by oda

成城大学の空き教室で整理している庄司和晃先生資料のなかから、「香句集」と名づけられた

名言集を紹介します。

それも、庄司先生自作のものです。

時期は、1985年から87年のころのもの。

全面教育学研究会が始まって3、4年の盛り上がっているころのものです。

私が抄出したものを全面教育学研究会ホームページに投稿しました。

ごらんになりたいかたは、リンク先の「全面教育学研究会」から入って読んでみてください。

 

 

 

 

 

シリーズ Ⅱ 柳田国男に学ぶ ⑤ 出雲神魂神社の「カモス」について

8月 1st, 2018 by oda

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地名研究者出雲大会の2日目、エクスカーションCコース

で訪れた神魂神社。

事前の予定コースには無く、当日、希望者のみの参拝と

なったため、学習が足らず日本最古の大社造りの神殿と知

らず、訪れてびっくりしました。

帰ってきてから、調べてみてまたびっくりでした。

 

国宝に指定されるほんの少し前の昭和27年1月、柳田国男は、日本民俗学研究所の第69回研究会で、神魂神社

の呼び名について次のように話していることを知ったのです。

『民間伝承』第16巻第4号に載った研究会報告で、『柳田国男全集』第32巻に載っていました。

以下、柳田見解を紹介します。

「出雲に神魂と書いてカモスとよむ社がある。それに関連して、新資料が見つかつた。宮古島の伊良部島にカ

モスという祭がある。大森義憲氏の採集記に同島に乗瀬オタケの由来記があり、旧家に老夫婦と娘とがいて娘

が行方不明となり、数ケ月たつて帰つてきてオタケの神になると告げた。その祭をカマズとむいつて今も行つ

ているというのであれからる。難船して衣料を食つた者が、このオタケを祭つたところ西風が吹いて安着し

た。それからカマスクダリという祭が行われ、山にこもつて祭ると雨がふる。カマスアガリといつてその山ゴ

モリが終わると晴れて西風がふく。一年に二度この祭がある。これを神子(カマス)と書く。特に神の魂をよぶ

ことをカマスという場合があつたのではないか。古い日本語のうちにそのような使い方があつたかどうか調べ

てみたい。伊良部のサマハラは宝貝の産地で有名な処である。そこは航路としても重要な土地であるから中国

の風神媽祖の話と連絡はないだろうか。神オロシの一つかと思う。」

大森義憲は、山梨忍野村出身の民俗学者。

柳田との年齢は随分離れているものの、郵便局長をしながら柳田、折口と連句をまくなど民俗調査以外の逸話

も多い。

この後、成城大学民俗学研究所の『諸国叢書』の大森の報告を読んでみることにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリーズ Ⅱ 柳田国男に学ぶ ④ NHK「プロフェショナル 仕事の流儀」での遠野、多田克彦氏の仕事と後藤総一郎先生。

8月 1st, 2018 by oda
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番組で流れた平成6年遠野物語ゼミナールで基調講演する後藤先生。

7月30日夜、NHKの「プロフェショナル 仕事の流

儀」は、遠野の多田克彦さんがとりあげられていま

した。

盛岡放送局から筑摩に電話があったことは聞いてい

ましたが、この番組の取材だったようです。

多田克彦さんは、遠野常民大学が発足した当初から

かかわっていた方で、後藤先生から名前を何度も聞

かされていました。

多田牧場の飲むヨーグルトは、遠野に行く度に買っ

ていましたし、吉祥寺のアンテナショップに寄った時も気にしていました。

その多田さんが、ご自分の転機となった柳田国男の農政思想を知るきっかけとして話した時のテロップに後藤

さんの写真が紹介されたのです。

常民大学の志が、四半世紀たって花開いているように私には思えました。

後藤先生もきっと興奮していることでしょう。